個人の裁量

ワインリスト、見ますか?

告白すると、私はワインリストはあまり見ません。理由はソムリエさんのおすすめを聞くのが好きだから。食べたいものを選んで、それに合うワインをソムリエさんに自分のセンスで選んでもらいます。知らないワインを飲むのが一番の楽しみです。で、頼んだ後にどんなワインがあるのか、カタログを眺めるように見ることが多いです。

通常のワインリストは、国別” 次に ”アペレーション(AOC,DOC,DO等)”で括られています。

では、アペレーションに属さない生産者のワインはどこにあるのでしょう?リストの最後のページ”その他のワイン”にまとめられて、ちょっと雑に扱われています。

最近は”アペレーション”ではなくて生産地(地域)で括られることも増えてきました。
それはなぜか ー ナチュールワインが注目を浴びるのと並行して、アペレーションを離脱する生産者が増えてきたからではないかと思います。 

私のパートナー(生産者)達がアペレーションから離れるときの理由は、大まかにいくとこんな感じです;アペレーションに所属する意味がないから。属することで生じる利益を享受できないから。自分のブランドにマイナスに作用すると思われるから。
アペレーションの認証を受けるためには、アペレーションが選んだメンバーによるパネルテイスティングを通過しないといけないのですが、その品質評価の基準が時代遅れだと指摘する生産者も多くいます。テロワールを表現するため、天然酵母で発酵したり、ワインを濾過しない場合、独特のアロマになったり、ワインが透明でないこともよくあります。それらのワインは”本アペレーションらしくない”という理由で弾かれることが多いようです。

年間生産量が何百万本にもなるため、アルコール発酵を安定させるために培養酵母を使い、ワイン内のタンパク質(澱の原因)を化学反応で沈殿させ、濁りがないように目の細かいフィルターで濾過したワインがパネルテイスティグで認められる。でもこうやって造られたワインは、畑や土地の風景を映し出しているのでしょうか?

品質管理の手順や登録手続きの複雑化、特別なラベルを貼るなどコストが嵩むことも離脱の原因の一つです。(潤沢な)予算を人件費に充てられるコーペラティブや巨大ワイナリーしか対応できないようなシステムも、離脱を引き起こしているようです。

これまでは、ワインリストの括りからはずれることを恐れていた小規模生産家達ですが、知識や経験のあるソムリエやバーのオーナーが増え、独自の視点でサービスしてもらえることで、安心して旧体制の括りから離れることができています。

そして、スペインの一般消費者の中でも、ナチュールワインを求める声が増えてきました。そのおいしさ、無添加であること、そして、果実や土壌の個性を求めて。高級・クラシカルなワイン(ブランド)も、いまだに人気がありますが、いいワイン、ワインを経験したい一般消費者が増えてきたように思います。

最近一番印象に残ったソムリエの一言 ”ラベルを売るのは簡単だけど、自分はワインを売りたい”。
今バルセロナで一番人気のあるワインバー”Suru”のソムリエ、セルジの言葉です。
ラングロールやガヌヴァをピンポイントで指名してくれるお客様もいらっしゃるけど、旬の料理にあった真のワインを造る作り手のワインも紹介したい、とボーダーレスでワインを紹介しています。彼はBCN市の名店”グレスカ”のソムリエとして長年勤めてきましたが、今年スル(カタルーニャ語で”コルク”の意味)をオープン。彼のようなアンテナが高く、オープンマインドなソムリエのお勧めを聞くのは、何よりの経験です。

@suru.barcelona

ワインに求めるもの

日本・東京に生まれ、2001年にバルセロナに移住。2002年から2年間サンサドルニ・ダノイア(バルセロナ市、カバ生産の中心地)でワイン醸造学を学び、現在はスペインのワインをインポーターの皆様に紹介する仕事をしている。

優れたマーケティングプランや経営理論があるわけでもなく、マスターソムリエといったタイトルもない。”心を動かされるワイン” を紹介させてもらっている。

「美味しい」という味やワインの個性の評価に加えて、ブドウやワインの生まれた場所・景色がイメージできるワインであることが大切だと常に感じている。つまり、品種や醸造方法、ワインのスタイルが、完成形であるワインと一直線上にあること。そして、それをきちんと証明できるような、醸造家の環境や醸造への考え方や姿勢があることも重要視している。例えば、巨大なトラクターで畑を掘り起こしたり、セラーを立てるために山を削るようなことは避けて、自然環境になるべくインパクトを加えない栽培方法を行うこと。また、天然酵母など、畑を取り巻く環境の中にあるもののみがワインの中にあることが理想だ。農薬(特に殺虫剤や除草剤)散布をやめることで土壌の汚染を防ぎ、また人体への影響も最少に抑えられる。

古い畑を大切にしている生産者にも強い魅力を感じる。
イベリア半島(スペイン、ポルトガル)には、今でも樹齢50-80年、中には120年を越えるような古い畑が大切に守られている。これらの畑は、利益や経費を度外視して家族に代々引き継がれてきた。樹齢80年以上の畑は、スペイン市民戦争直後の貧困や過疎を生き延びてきたスペイン農村部の歴史や人々の暮らしを見守ってきた。今、スペインのぶどう栽培家は、次世代の育成に苦心している。ぶどうの価格は低すぎるため、自分達の手でワイン造りをしない限り生活が成り立たなくなってきている。そのため、古い畑を抜いて小麦畑にし、政府からの援助金をもらって生活せざるを得なくなってきている。古い畑から収穫されたぶどうがA+ランクの評価を受け、正当な価格で取引されるように微力ながら協力したい。畑を取り巻く環境を今改善しなければ、古い畑のみならず栽培の伝統も途絶えてしまうだろう。開発ではなく、継続することの大切さを訴える人たちをサポートできたらと願っている。

そしてなによりも大切なのが、美味しいワインを多くの人たちに飲んでもらい、笑顔になってもらえたらいいと思う。

Rubus Viñas de Baguena

Ester Nin en Coma den Caçador 

Jose Crusat en Branco Lexitimo

TEXTURA Oriol Perez de Tudela  テクストゥーラ ウリオル・ペレス・デ・トゥデラ

”テクストゥーラ” と”クア” DOモンサン ウリオル・ペレス・デトゥデラ

海と山に恵まれたタラゴナの自然が生み出した、タラゴナらしいを造るウリオル。

すっきりした酸の”北”らしい冷涼感あるワインが主流の中、”南らしさ”を堂々と主張したふくよかで厚みのある、どこか懐かしいようなテイストのワインを造る。


ウリオルはカタルーニャ州南部タラゴナ県内陸部のValls(バルス)出身。

Castellカステイの王道とも言われるVallsの”コリャ・べリャ”のダイレクターを務めていた生粋のカタルーニャ人だ。例えるなら、浅草に生まれ三社祭に出る神輿の担ぎ手の代表だろうか。


幼い頃から叔父の畑に入り浸り、畑や栽培に親しんできたが、大学では哲学を修め、その後フランスに留学。ジャーナリストとしてキャリアをスタートさせるが経済不況の影響を受け、電子機器の営業に転職、その後栽培とワイン造りに再転職するというワイン醸造家としてはちょっと珍しい経歴をもつ。


ウリオルのワインは”その土地らしさ”をよく表現している。

明るい太陽、吹き寄せる海風、緑の自然、夏の暑さと長い日照時間。

この環境で生まれるブドウらしい味を求めて、剪定の段階から丁寧に畑を管理している。

テクニカルでも、緻密でもない、肩の力がすーっと抜けたワイン。

大衆食堂の日替わり定食にぴったり合うような、包容力のあるテイストは、料理やタイミングを選ばない。

銘柄や造り手の名前が一面に出てしまうとついつい肩が張ってしまうけれど、何も気にせず、それこそコップでぐいっと飲めるワインだからこその飲みやすさ。


タラゴナに生まれ、その自然と伝統に育てられたからこその造り出せる生粋のワイン。

こんなワインが今一番求められているように思う。



ENRIC SOLER エンリックソレール カタルーニャ

エンリック・ソレールは、ビラフランカデルペネデスのサテライトタウンとも言える、人口30人くらいの小さな村”サバネイ”に居を置く。

栽培面積は合計4ha強と、エンリックとパートナーのメルセーの2人で徹底管理できる規模。

生産量は1万本ほど。ブルゴーニュを意識した、最高のクオリティーを追求するため、これだけの生産量に抑えられている。

バーガンディースタンダード。ワインの聖地ブルゴーニュのボーヌにも取引先があり、NYCやカリフォルニア、欧州各国、北欧にも熱烈的なファンがいる。

エンリックは1996年にスペインチャンピオンの座に輝いたこともある才能あるソムリだ。人並外れた鋭い嗅覚を持つことで知られ、その逸話としてあまりに匂いに敏感なため、病院にも行かれない程だと聞いたことがある。30年ほど前からBCN市内でワインサロンを主催(現在はクローズ)。生産者にはワインのブレンドのコンサルタントをしている。

2000年に祖父の遺産として家屋と畑を相続したことを機にワイン醸造を開始。

エンリックのワインはチャレロが主体で、極一部にのみマルバシア・デ・シッチェスがブレンドされている。今後チャレロ・ベルメイと呼ばれる、ピンク色の果皮のチャレロを植える予定だという。

エンリックの品質に対する拘りは、細部に渡り徹底されている。

あたかも一つ一つの音が重要な意味を持ち、その調和が見事な曲を構築するクラシックのピアノの楽譜のように、全ての作業が徹底管理され、積み重ねられて、ワインへと繋がっていく。

畑は自然を大切にするビオディナミの哲学に従った農法(エンリックはルネッサンス・アぺレーションのメンバー)で管理。

最愛の息子とも言えるトップ・キュヴェ ”ヌン” に使われるビニャ・デルス・タウスの区画は全て株仕立て。その他の区画は株仕立てか、ブドウ樹1本づつに木の支柱が立てられている。                              

収穫は全て手作業で、運び込まれる15キロ容量のケース一つ一つが計量される。酸化を避けて除梗と破砕はせずにダイレクトプレス。3時間かけてじっくりと柔らかくブドウを押す ”シャンパーニュプレスプログラム” のできるニューマティックプレス機を使う。3区画のブレンドである ”インプロビサシオン” の発酵と熟成には Stockinger のフードルと卵形のコンクリートタンクを使用。単一畑のワイン ”ヌン” と その子供に当たる ”エスペニャリュックス” にはブルゴーニュの森から伐採された木を使い、トーストを指定したオーク樽を厳選。キュヴェごとの新樽率は毎年同じで、樽は毎年定位置に置かれる。もちろん、樽一つ一つに独立した冷却装置が設置。そしてどんなVIPゲストが訪問しても、樽からのテイスティングはしないのがしきたりだ。

テクスチャーと奥行き、アフターテイストの長さと存在感。伸びやかで、洗練されていて、艶があり、エレガント。

バレリーナやエリートアスリートの磨き上げられた筋肉質でしなやかなボディーだろうか。

ブルゴーニュで世界最高級のワインを造るよりも、ペネデスで世界最高級のワインを造る方が難しい、とエンリックは語る。これが本来のシャレロの姿であり、ポンテンシャルなのだ。飲むたびにシャキッと背筋が伸びる思い。

ヨーロッパの最南端スペインでは、経済状態の向上と大量生産・大量消費型のコンシュームに対応すべく60ー70年代以降コーペラティブが台頭、それに伴うインフラの改善と技術革新・パーカーポイントの影響から外来品種とテクニカルなワインを持て囃す流れが生まれた。それらを経て、自然への回帰という意味でのナチュールワインの時代が到来。その副産物として、自然を尊重するあまりテクニカルな部分を否定したかなりアナーキーなワインも市民権を得た。

世界的にも、現在はそのうねりを集約していくかのようにクリーンナチュラルなワインが求められている。

畑の管理は自然を観察・尊重し、無機農薬の使用が最小限に抑えられている。セラーの管理(特に衛生面)は徹底され、ブドウから生まれたワインの主体を最大限活かすため、プレス機や樽に設備投資がなされる。テイストは、オフフレーバーと呼ばれるスリーやブレットがなく上質であること。

前世紀からワインを飲んできた年代としては、屈託なくオフフレーバーを全開してくるワインを飲むと、どうしても心がチクっとしてしまうところがある。どうしてもグラス一杯でお腹がいっぱいになってしまうのだ。エンリックのワインを飲むと、幾層にも重なる複雑なフレーバーが広がり、体にスッと溶け込む。

気候・土壌・畑の状態を知り、読み解き、栽培につなげる。その自然の恵みである果実のポンテシャルを最大限まで引き出す理解力と実力。上質のワインにある濁りのなさ、透明感。

降雨量が年々減少しているペネデスの粘土・石灰質の土壌からでも、骨のある最高級ワインは生まれるのだ。